情報の多さを消化できない日々

2024.4.15

東京で配達の仕事をしていると、人の多さに目を奪われる。建物や人、物、ありとあらゆるもので溢れている。その流動性は高く、新しくできたお店、建設中のビル、高級スポーツカー、外国からやってくる旅行者…。

資本主義社会では、欲しいものを手に入れるためにはお金が必要だ。しかし、手に入れたいという欲求が生まれるもが、手に入れられないモノの数のほうが圧倒的に多いということが分かり、次第に欲望を抑圧するという諦めに変わっていく。それが大都市に住む宿命なのかもしれない。

また、他の人が手に入れている事実に対する嫉妬心も生まれてしまう。もし仮に、ブッダが現代に生きていて、東京で生活していたのならば、果たして悟りを開いていただろうか?おそらく、無理だろうと思う。そもそも、ブッダが悟りを開いたのは都会ではなく、自然の中だった。

最近では、それに加えて海外からの旅行者がやってきている。彼らは街の至るところでテリトリーを作り始め、雰囲気の良い場所やテラス席を占領しているように映る。ふと思うのだが、はたして彼らは日本人と仲良くているのかどうか?疑問を持った。というのも、一見すると、同じ外国人同士で楽しんでいるだけで、日本人と交流している様子はあまり見ることがないからだ。

日本人は欧米人に比べて、大人になる(人格形成)のが遅いのではないか。(筆者の場合は自分自身と諸外国の人と比べてそう思う)20代ではまだ、体つきは大人でも精神面ではまだ成人とは呼べないのではないだろうか。

そういった理由からか、海外からやってきた外国人が同世代の日本人と交流しているという、様子を少なくとも筆者が日常生活において、あまり見る機会がないのかもしれない。

コラム情報,社会

Posted by AKIRA